toripiyotan

何回もおなじこと喋る

おかしな食べ方

わたしはなんでも熱して食べる。それをちょっと変だとわかっている。肉や魚はもちろん、野菜も、果物も、クリーム菓子も調味料も。それは小学生の頃からごく最近まで通っていたかかりつけの代替医療病院の指導で、なまものを食べると弱毒性の菌や寄生虫が体に溜まり慢性的な原因のはっきりしないアレルギーのような炎症などの疾患につながるから、という理由からだ。その代替医療の病院は生物医学を前提とする標準医療の病院とは根本的に違っていて、漢方医に近い考え方で、気の流れがどうなっているのかを調べて薬や治療を提供する(この薬や治療には漢方薬も一般的な保険適用の西洋薬もサプリメントも全額自費の点滴や光治療も含まれる)。ここでその代替医療の是非については判断しないししてもらいたいくない。長くなる。そこは置いといて先に進めさせて欲しい。

最近まで通っていたと過去形で言ったけれど、おそらく今後はもう行かないと思う。なぜならわたしが精神疾患を抱えているから。その病院では精神疾患の存在を受け入れていないし、身体的に気の流れを正常にし心理的にストレスなく明るく朗らかに感謝を持って生きればそれはありえない状態のはずで、抗うつ薬抗不安薬を飲んでいることは身体に良くないことと理解されている。長年アップダウンしながら引きずり続けている鬱とパニックをどうにかしようと現在精神科医にかかっているわたしが、このふたつの相反するように思われる病院通いを両立させることは無理だった。あと代替医療の医師のベッドサイドマナーがおそろしく悪くて言われることに従っていない限り行くたびに萎縮させられてしまうからもう行きたくない(しかし人間関係とは双方向的なものなので単にわたしと医師の相性が良くないだけかもしれない。悪口言ってごめん)

さて行かなくなったのだから、そこで推奨されていた生活習慣ももう守らなくてもいいのではないか。次に病院に行ったときに怒られる心配もないし、代替医療なんて確実な裏付けのある再現性の高い治療法というわけではないのだから。人によっては宗教みたい(カルトの儀式的なものみたい)と言う人だっているくらいだし。普通のみんなと同じように生活してもいいじゃないか。そう思いつつも、なぜかいまだに野菜も豆乳もみかんも熱し続けている。理性と感受性がバラバラになっているみたいで気持ちが悪い。

少し話が逸れるが、東アフリカの遊牧民の中には緊急時に持っていく最低限のもののセットがあるらしいと文化人類学の授業で聞いた。我々にとってはピンとこないがそれは金銭や着替えや食料のみならず、家畜の乳容器、家畜の皮、小さな腰掛け椅子などである。どうやらそれらはその文化圏では子供の身体の一部と考えられているらしく、持って逃げなかった場合は不吉なことが起きると考えられているらしい。決して小さくないそれらを背中や肩によいしょよいしょと担いでいる様子は傍目に見れば不思議だし、その分を水や食料に割り当てればどれだけ生存の確率が上がるだろうかと思う。しかし映像を見る限り彼らにとっては、宗教(神を介在させる)的な何かというよりももっと身近でごく当然の文化的な習慣としてその緊急持ち出しグッズはあるようなのだ。

その話を聞いていて、もしその文化圏から唐突に日本やヨーロッパやアメリカなどにその人が引っ越したらどうするだろうかと考えた。その次の世代は?その習慣は簡単にやめられるのだろうか。あるいは形骸化しながらも残るのだろうか。残るとしたらどのくらい、どの世代まで、どういう形で残るのだろう。彼らはそのことで精神的な葛藤を抱くのだろうか。

世界は複雑になった。隣近所みんな似たり寄ったりの時代はとうに過ぎて、長年知っていると思っていた家族や友達でさえ理解が難しい。最近知ったインターネット上の友人などであれば当然未知の部分がほとんどである。一度や二度話を聞いたからといって本当に理解できるはずなどないし理解してもらえるわけもない。

ものを食べるという全人類共通の行為であってもそうだ。必ず味噌を食べる人、肉を食べない人、卵アレルギーの人、ヴィーガンの人、繊維を多く摂取できない人、ハラールしかダメな人、コーシャしかダメな人。ひとりの人間の生活、精神世界、習慣、行動、信念、恐れ、選択と非選択を一言で説明できるわけがない。それでもわたし達は隣り合っているし、思い切って伝えなければいけないし、耳を傾けなければいけないと思う。

わたしはもしかしたらどこかのタイミングでなんでも熱して食べることをやめるのかもしれない。市販のアイスクリームを口にすることがまたあるのかもしれない。それまではおそらく色んな人からおかしな人だなぁと思われながらもなまもの食べれないとモジモジしながら言い続けるだろうし、わたしも誰かの変わった習慣に耳を傾けようと思う。違っているのだからこそお互い面白いのだし。