toripiyotan

何回もおなじこと喋る

裁き[ショートストーリー]

大議会の扉の前まで来るとアリテイアの手首から鎖が外された。自由になった両手を使い重い巨大な扉を押し開けると、がらんどうの広間を見下ろすように五人の最高評議員が腰掛け、咎人の入場を待ち侘びていた。アリテイアは堂々と頭を上げ、大股で彼らの前へ歩み寄ると部屋の中央に描かれたファーの象徴である月の絵柄の上で立ち止まり、かがみ込んで指先で触れた。顔を上げると裁判官が罪状を朗々と読み上げた。

「アリテイア。カーであるにも関わらず汝その勤めを果たさず、あまつさえカーであることを否定し再三の警告を無視し天地の秩序に背く。因って肉体の処刑及び精神の追放を宣告する」

 

一番左の将軍は憤怒の表情で声を上げた。

「全く聞くに耐えない!これまでなぜ放っておいたのだ!せめて牢に入れるか都市からの追放でも何でもやりようはあっただろう!カーであるのにカーでないなどと子供の理屈にもないことを。一刻も早い処刑の執行を求める」

アリテイアはチラリと将軍に目を向けたが再び真っ直ぐ裁判官を見た。いや正確にはその背後の大きなステンドグラスを通して差し込むたっぷりとした春の午後の光を見ていた。暖かく、柔らかく、励ますような光だった。

「この者は家柄も良く、大罪であろうともそうそう簡単に処刑をと言うわけには行かないのではありませんか。家同士の軋轢を生みますし力関係の変化が起きれば我々評議会の安定の基盤も危うくなりかねない」

貴族院の長がふっくらと丸い顔を将軍の方へ乗り出しながら右端から口を挟んだ。黄色がかった金髪を油で撫でつけて耳にエメラルドの耳飾りをつけている。

「あなたの立場の基盤が、でしょう。あの者はあなたの従兄弟の子に当たるのだから」

政務官の長が隣で皮肉を漏らした。平民出身の彼にとって貴族院の長はいつも鼻につく存在なのだ。

裁判官の左隣で静かにアリテイアを見つめていた真っ白い豊かな髭を蓄えた神官が口を開いた。

「アリテイア、カーの子よ。お前はこの罪状を認めるのか?処刑にその精神を委ね、このように早く大きなひとつへ戻ろうというのか?今ならまだその身を自ら救うことができる。バカげた考えは引っ込めて、正しい道に戻る構えがあるなら、我々ももう一度やり直す機会を与えることもやぶさかではない。なにせこの通り、みな頭を悩ませているのだから」

神官の眼差しも声も深く暖かな優しさに溢れていた。いたずらをした子供を諭すような優しさだった。

アリテイアは発言の権利を求めた。評議会は許可した。

「裁判官どの、神官どの、将軍どの、貴族院の長、政務官の長。構造のなかに生きるファーの匠を受け継ぐ方々よ。わたしは罪状を否定します。わたしはカーではない。しかし同時に罪人でもない。わたしを処刑するなら、あなたがたはとんでもない間違いを犯すだろう」

アリテイアは淡々と言った。しかし声には自信と、瞳には怒りが爛々と宿っていた。

 

「どういうことだ」将軍が言った

「そのままの意味です、将軍どの。わたしはカーではない、よってカーではないという発言は真実であり、罪は存在しない」

アリテイアは将軍を見ずに言った。

「アリテイア、よく考えなさい。それは神話の否定になる。お前は今よりも更に……最も重い罪を犯そうとしている」

神官は皺だらけの瞼を持ち上げ目を見開き声を震わせながら言った。心底案じるような言い方はアリテイアをむしろ苛立たせ、初めて声を荒げさせた。

「神話の否定!わたしにその意図は一切ありません。あぁカーの創造とファーの慈しみから生まれた世界に永遠の繁栄を!わたしは心から敬意を向けています。だからこそ彼らに嘘を告白することはできません。わたしはカーではない。わたしの精神はわたしをファーだと言っています」

貴族院の長は朗らかに笑った。

「何を言うのやらさっぱりだな。謎々遊びでもしているつもりか。この年頃の若いカーはしばしばこうして気まぐればかり起こすものですよ。きちんと丁度良いつがいのカーが見つかって子を持たせればすぐにこんなこと忘れて落ち着くはずです」

「ですからわたしはカーではなく、他のカーとつがいになるつもりもなく、子をなすつもりもないと言っているのです。わたしのファーもまたそのことを理解しています」

アリテイアは辛抱強く言葉を噛み砕いで言った。裁判官がため息をついた。

「やれやれ、堂々巡りだな。これで罪状に戻ったというわけだ。カーの勤めを果たさない咎人」

評議会はそれぞれ互いの顔を見合わせてざわざわと言い合った。一体この者はなにを言っているのか、どのような処遇を受けさせるべきなのか。話し合いは同じところをぐるぐると回った。神官は神経質そうに髭を撫で、将軍は口角から唾を飛ばし、貴族院の長は取るに足らないことだと思い込もうと努め、裁判官は罪の数が跳ね上がっていくことに頭を抱えていた。政務官の長が硬い木材のようなよく通る声で一堂の注目を集めた。

「みなさん、このままでは日暮れが来ても終わりませんよ。どうですか、試しにこの者の言いたいことを一から十まで言わせてみては」

他に案はなかった。神官ももう、アリテイアがどれほどの罪を抱えていようと知ったことではないという気持ちで頷いた。

 

ステンドグラス越しの光が赤みを帯びて強くなっていた。日が落ち始めていた。それを見つめながらアリテイアは語った。

「偉大なる創造のカーがわたしたちを産み、偉大なる慈しみのファーがわたしたちを育んだことをわたしは感謝と共に信仰しています。わたしたちの精神を最も尊く、いつか偉大なるひとつに戻るまでの宝とするよう与えられていることにわたしは最上の敬意を払います。わたしはファーです。わたしの精神がそう言っています。それは偉大なるひとつがわたしの精神を通して語っているのです。しかしわたしは産まれた時にカーとされました。わたしではなく別の誰かによって。あなた方によって。なぜそれがわかったのでしょう?泣き方でしょうか?まさか肉体によってではないでしょう?ファーによって精神に劣る物体として定義つけられた肉体を見て触っただけで他者をカーかファーか判断できるとでも?これはわたしには至極簡単なことなのです。わたしは子を成すことに興味がない。わたしの精神がそれを訴える。それはわたしのすることではないと感じるのです。わたしはわたしのファーを愛しパートナーとして永遠を誓い合っているが、それはカーとしてでも成した子を共に教育するためでもない」

 

もはや評議会の五人全員が頭を抱えていた。なにをどう言えばいいのかわからない。裁判官が最初に口を開いた。

「それでは……えー……そうなると、この者はどのような罪に?」

水を向けられた神官はもはや温かさも優しさも消え失せた冷たい石のような態度で言った。

「異端、悪魔付きといったところでしょうか」

「そうなると肉体の処刑と精神の追放だけでは済まなくなりますね」

将軍は怯えを隠しきれずに声をやや上ずらせていた。

裁判官がアリテイアに向き直り、居住まいを正して断固とした顔を作って言った。

「汝、アリテイア、異端者として肉体の処刑と精神のさまよいに処する。偉大なるひとつに送られることなくその精神はさまよい続けることになるだろう。カーとファーの神の法によって宣告する」

 

貴族院の長がエメラルドよりも真っ青になってヒッと息を呑んだ。将軍も青くなっている。しかしアリテイアはニヤリと笑った。

「ではわたしは、自由な市民としてあなた方を告発せねばなりません。先ほどのわたしの発言は異端でもなければ世迷言などでもない。神々の物語を本当に理解していればわかること。実際にあなた方が蔑む貧者たちはカー同士でつがいになった後もカー達で集ったまま、カーのなかにはファーの役割をする者もいる。その逆もまた然り。ファーとカーが全ての中にあり役割は流動的であったのは古老たちの伝承に残っている。つまり『法』にしたときそれを異端とした存在がここにいるということになりますね」

 

アリテイアは衣の胸元から畳んだ書面を廷吏に手渡した。

「わたしは評議会を弾劾する。あなた方は自らの権力基盤のため神の法を曲げて現実にも神話にも即さない刑罰を課してきた。評議会に対する調査が終わるまでわたしの『罪状』についても保留いただくしかあるまい」

もはや誰も青くなどなっていなかった。怒りで震えていた。神官までもがアリテイアを口汚く罵っていた。しかし廷吏から書面を受け取った政務官の長だけはポツリと零した。

「しかしこの者は、少なくとも手順を踏んでいる」

それが全てだった。現状の法の上では今の評議会にアリテイアを拘束し続ける権利はなかった。アリテイアはステンドグラスに微笑むと床の月にもう一度指先で触れてくるりと踵を返して重いドアに向かった。今度は二人の廷吏が扉を引いて開けてくれた。

 

大議会を出るとシマホスがソワソワとした面持ちで待っていた。

「それで?」

彼の問いかけにアリテイアは飛びついて抱き締めて答えた。シマホスはしっかりとアリテイアを抱えて二人は束の間の喜びと解放に笑った。

「でも、まだまだこれからだ」

「あぁ。受けて立つよ」

ふたりのファーは手を取り合って廊下を後にした。