toripiyotan

何回もおなじこと喋る

とかげとりす[ショートストーリー]

とても気持ちのよい朝でした。顔を出したばかりのお日様が朝露をきらきらと輝かせて、どこもかしこも白い光にふんわりと包まれています。林の中はまだ静かで、木々の広げた両腕いっぱいの葉のすきまから所々スポットライトのように朝陽が降り注いでいます。

りすはその日はとくべつ早く目が覚めました。冬はまだ遠く、おいしいものはたくさん。なんてしあわせな季節でしょう。

だけどりすはしょんぼりと朝ごはんにとりかかりました。林ではあちこちでだんだん鳥たちが目を覚ましおはようを言い合っています。さわやかなそよ風も吹き始めました。頭のずっと高いところでさわさわ、さやさやと葉ずれの音が広がっています。

りすは寝床から出てすぐに大きな木の実をみつけました。前足でしっかりにぎってしゃりしゃり食べると、少しだけ気分がよくなりました。今日はどこに行こうか、とぴょんぴょん走って落ち葉を蹴散らして進みますが、すぐにまたなんだかさびしくなってしまいました。りすはひとりぼっちだったのです。

ぴいぴい、じゅじゅじゅ、ぎゃっぎゃっ、ころろろろ、鳥たちの鳴き交わす声が大きくなってきました。りすは、自分のあたまの上のほうで楽しげな声が交わされて、みじめな気分になりました。りすも高いところで過ごすことにしました。

 

足元に落ちていた大きめのどんぐりをふたつ、口の中に詰めて、りすは目の前の大きな木にしがみつきました。歳をとった木のようで、表面は濃い茶色でぱりぱりと皮がひび割れています。りすはそこに爪をとられないようにしゅるしゅるしゅるっとふたまた目の枝まで一気に駆け上りました。このりすは、りすにしても木登りが得意なのです。

そこからの風景は息を呑む美しさでした。ちょうど、葉と葉の間から遠くの景色が見通せます。林のむこうに草むらがあって、その向こうには麦畑が広がり、穂をそよそよと揺らしています。風のリズムに合わせてゆれる様子は、鳥が横一列に並んで右から左へ一斉に滑り飛んでいくのを繰り返しているようでした。りすは、なかなかよい木を選んだぞと思い、幹と枝のまたの部分にしっぽをクッションのようにして腰掛け、口の中に入れてきたおべんとうのどんぐりを取り出してかりかりかりかりと食べ始めました。おおきくてしっかりとしたどんぐりなので、少し殻が硬いのですが、りすの前歯にかかればなんてことはありません。殻の破片を木の上からペッと吐き出しては中のよく詰まった実をしょりしょりと食べ、また殻の破片をかりかり剥いてはペッと吐き出すのを繰り返し、ひとつめのどんぐりを食べ終わりました。その頃にはりすの気分はずいぶん陽気になっていて、小さな耳を撫でいくそよ風にうっとりとするようになっていました。

 

「ちょっと!そこの!大きなしっぽのあんた!木の上のあんたですよ!」

そのときです。誰かの怒った声が下の方から飛んできました。りすには訪ねてくるひとなんていないし、もしかしたら以前うっかり横取りした貯蔵くるみの持ち主が探しにきたのかとも思いましたが、どうもりすっぽい声でもないのです。木の下に目をこらして声の主を探しますが、たっぷり積もった落ち葉しか見えません。

「あのう、どなたでしょう」

りすは恐る恐る返事をしました。すでにゆったりとした楽しい気分はとんでいって尻尾をピンと立てていつでも走り去れる姿勢になっていました。

「下から喋るのは首が痛いや。あたしがそっちに行くまでじっと待っててくださいよ!」

見えない声の主はそう叫び返しました。それでもちっとも見えません。

りすがじっと目をこらしていると、四本脚のなにかが木をするする登ってくるのが見えてきました。全身茶色っぽくて枯れたクヌギの葉の裏側みたいな色をしています。りすよりもほっそりしていて頭からしっぽまではずっと長いようですが、りすよりも顔の位置が低いせいで小さく見えます。ようやくりすのいる下から二番目の枝までやってきたのは、トカゲでした。

 

「ふう、やれやれ」

トカゲは木の叉の部分にたどり着き、りすは既に枝のまんなかまで逃げていました。

「それ以上近寄らないでください。噛みますよ!」

りすは怖くなって言いました。これまでトカゲと話したことなんてありません。しかも、わざわざりすに会いに登ってくるトカゲなんか、想像の中にだってひとりもなしです。

「おや、あたしのこと食べる気ですか?そんときはあたしだっておもいっきり噛み付いて引っ掻いてやりますよ」

そう言ってトカゲは、がぱぁっと大口を開いて見せた。りすはびっくりして更に枝の端の方へ後退りした。

「あのね、あたしがわざわざここまで言いにきたのは、あんたのコツンコツンがうるさくて、せっかくの気持ちいい朝だってのに二度寝できやしないってことなんですよ」

トカゲは目を細めてじっとりとりすを睨みつけた。大きな目なので、そうして睨まれるととても迫力があり、りすはたまらず小さくなった。

「あの、コツンコツンってなんのことでしょう。ぼくは今日ここにはじめて登って、それからお弁当をたべて、ちょっと景色をゆっくり見ていただけなんです」

「だけどあたしのうちの屋根にコツンコツンって何か投げたでしょう。はじめは雨か雹かと思ったんですよ。でもちっとも濡れないし、だけどいつまでも鳴り止まないしで、まったくどういうことかしらと這い出てみたら、うちの周りじゅうがどんぐりだらけになっててね。しかもただのどんぐりじゃないよ、脱皮のどんぐり!」

りすはすっかり合点しました。

「ぼくのお弁当!」

「ほうら、やっぱりあんたじゃないですか」

トカゲの怒りはおさまらず、睨みをきかせたままじりじり近づきりすを追い詰めました。

「ごめんなさいごめんなさい!あなたのおうちの上だなんて、ぼくしらなかったんだ!これからは別の枝で食べるから!」

りすはすっかり怯えきっていました。尻尾はぼんとふくらんで、トカゲから目を逸らせないままずるずる後退りするばかりです。

「ふむふむ、よろしい。素直なりすだ。そこまで言うならゆるしてあげましょう」

ころりと機嫌をなおしてにっこり笑ったトカゲはちろちろと舌を出すと、くるりと身を翻してまたするする幹を這い降りて行きました。そうして地面に到着すると、りすにはもうどこにトカゲがいるかまったく見えなくなってしまいました。

 

その翌日からも、りすは毎日その木に登りました。あんなに怒られたのにおかしな話でしょう?だけどりすは、物怖じしない強いトカゲのことがちょっぴり気になるようになったのです。

そして朝ごはんの時間はわくわくするようになりました。寝床から出るとまずひとつふたつ木の実をつまんで、それから大きめのどんぐりを探しに行きます。それを口に詰めるとトカゲの家があるあの木まで走っていって駆け上がり、下から2本目の枝——ただし最初の日とは反対側の枝——に腰掛けて持ってきたどんぐりをかじりながら朝陽に照らされる林と麦畑の景色を眺めます。鳥たちがすっかり朝のあいさつを終えてそれぞれの仕事にとりかかり始めた頃、りすはあの枝に移って持ってきたどんぐりから齧りとった殻のうち大きめのものをひとつそっと上から落とすのでした。

トカゲは、登ってくる日もあれば来ない日もありました。とても寝ぼすけで気まぐれなトカゲだったからです。トカゲはいつも話し上手でした。りすはいつも聞き役でした。その関係はりすにはとても楽しくて心地よいものでした。とはいえトカゲは社交家で、りすは冬に向けた仕事があるので、朝の白い光が黄色くなり始める前には彼らは木を滑り降りてさようならをしました。

 

ある朝、眠そうに目をほとんど閉じたまま木を登ってきたトカゲが言いました。

「来週はトカゲパーティーを開くんですよ」

「トカゲパーティーってなんだい?」

りすは尋ねました。これまでパーティーなんてもの参加したことも呼ばれたこともありません。ましてやトカゲのパーティーって一体なんなのか。りすにはとんと見当がつきませんでした。

「トカゲダンスやトカゲ詩の発表、それからトカゲのぐるぐる回り競争でしょう、それから今回はトカゲの歌姫がうたってくれるんです。あぁ楽しみ」

トカゲは夢見心地で言いました。実際、まだ少し眠っていたのかもしれません。

りすはそれを聞いて、よくわからない沈んだ気持ちになりました。トカゲはたくさん友達がいて、いつもおもしろい話をしてくれます。けれどりすにはトカゲしかいなくて、面白い他のりすの話だってありません。もちろんリスパーティーだってどんなものか知らないのです。

黙って顔の毛をごしごしと毛繕いし始めたりすのことをトカゲは片方の目だけ開けて見つめました。

「どうかしましたか?あんたも来たいんですか?」

「ばかなこと言わないでよ。ぼくはりすだし、トカゲダンスなんてできないよ。それにほかのトカゲの仲間たちがなんて言うかわからないでしょ」

りすはそう言いながらも、ちょっと泣きそうになりました。だからわざと怒ったような言い方をしてもっと顔をごしごしとしました。

「あんたがそう言うならいいですけどね。あたしはちょっと聞いてみただけで」

それからトカゲはシュルシュルっと木を這い降りて落ち葉の絨毯の中へ見えなくなりました。

 

翌日はひどい雨でした。その翌日も雨でした。

りすは寝床でじっとまるまって過ごしました。蓄えておいた非常食を齧るほかは眠るしかないのですが、あちこち駆け回れないとなるとついついトカゲのことを考えてしまいます。どうしてあんなことを言ったんだろう。どうしてこんなに悲しいんだろう。トカゲと時々おしゃべりするだけでも十分毎日はたのしくなったはずなのです。それなのにトカゲがパーティーの話をあんなに楽しそうにしているのを聞いて、りすは自分がいらないリスのような気がしてしまいました。きっと自分はトカゲにとってはいらないりすなんだ、だってトカゲにはパーティーをするトカゲ友達が山ほどいて、一緒にダンスをしたり、詩を読んだり、歌ってぐるぐる回ったりするんだから。りすはなかなか眠れませんでした。眠ってもひとりぼっちで真っ暗な森の中にいる夢ばかりみました。

 

ようやく雨があがりました。林の空気はまだしっとりとしていましたが、朝陽はきらきらと輝いています。りすはそれだけで元気がでました。今日もトカゲに会いに行こう、それからこのあいだのことを謝って、トカゲの楽しみにしているパーティーの話を一緒に喜んですっかり聞こうと決意しました。

雨で濡れた落ち葉の上を跳ね回りながら朝ごはんを探すのは一苦労でした。ようやくつやつやと大きなどんぐりを見つけるとぐいっと口に詰め込んで、いつもの木へと走りました。幹をひょいひょい駆け登り枝の叉に腰掛けて、いざお弁当にかじりつこうとしたとき、木の根本で黒いものが動くのを見た気がしました。りすは地面の落ち葉の中にじっと目をこらしました。なぜか背中の毛が逆立っています。とても危険だとりすの全身が警報を鳴らしていました。そのとき、また黒っぽいものの姿が見えました。それはおおきな蛇でした。するり、するりと太く長い体をうねらせながら、落ち葉の海の中を滑っていきます。りすは息を殺しました。じっとこのまま木にはりついていれば見付からないはずです。

とそのとき、蛇が動きをとめました。じっとなにかを見つめて狙っています。その場所は、りすがしがみついている枝の反対側の真下、最初の日にトカゲが怒って登ってきた日にどんぐりを食べた場所の真下。つまりは、トカゲの家の——

 

りすはそっと幹を降り始めました。細心の注意を払って足音を忍ばせ、息をとめてじりじりと動きました。蛇から見えないように木の裏側をつたって、それから一番下の枝に辿り着きました。4本の脚がガタガタと震えるので枝に爪が当たる音が聞こえてしまうんじゃないかと思いました。それでもどうにか、ぺろぺろと舌をちらつかせる黒い蛇の頭の真上の枝に陣取りました。蛇は目の前に夢中で上にまでまだ気がついていないようです。りすは口の中からお弁当の立派などんぐりを取り出しました。前脚でしっかり掴み、そっと高く持ち上げました。そして、どすん!ちからいっぱい蛇の頭に落としました。

どうなったかなんて確認する暇はありません。りすは急いで木から飛び降り、ジグザグに駆けると別の木に飛びついて一瞬でてっぺんまで登りました。ようやくうしろを振り返ると、黒い蛇がよろよろと引き返していくところが見えました。口にはなんの獲物もくわえていないようです。りすはほっとして尻尾を抱えへなへなと座り込みました。

 

「やぁ、さっきのあんだでしょう?ありがとう助かったよ」

もうじゅうぶん蛇が遠くにいってしまったと分かるまで待って、りすはどきどきしながらいつもの木にもどってきました。するとトカゲもすぐにするする登ってきてりすにお礼を言いました。

「あたしはもうガタガタ震えてこれでダメかと思ってたんだけどね、急にあのおっかない蛇が頭を打って目を回しちゃったもんで、その隙に急いで逃げられたんですよ。あれ、あんたが投げてくれたんでしょ?いのちの恩人じゃないの」

そんなことはちっとも思っていなかったりすはすっかり恥ずかしくなって言いました。

「そんなことないよ、きみだってそうなったらきっと同じことしてたさ」

「いーや。あたしにはそんな度胸もちからもありゃしないからね、じぶんかわいさですたこら逃げたに違いありませんよ」

トカゲがあんまりありがたがるので、りすは段々とこの間のじぶんの心の狭さが苦しくなってきました。

「トカゲさん、この間はごめんよ。ぼく、トカゲさんがみんなと楽しくパーティーするって言ってたのが、なんだろう、さびしいなと思っちゃったみたいだ」

トカゲは目を大きくあけて答えました。

「なにがさびしいですか!あんたはね、あたしの友達なんだから来たかったらパーティーだって一緒に来ていいんだよ。特に今日のことがあったあとでは、この林のトカゲたちみんながあんたを正式に招待したがってるんだからね。もう、みーんな知ってるんだから」

トカゲに言われて、りすはあんまり急にうれしくなったものだから胸のどきどきが口から飛び出しそうになりました。熱くなった目をぎゅっとつむって両手で鼻から耳までせわしなく顔を毛繕いしながら小さな声で恥ずかしそうに言いました。

「ぼく、ぼく、最初はちょっと木の上から見てるだけにするよ」

たいへんな朝を過ごしたふたりはすっかり忘れていた朝ごはんを食べるために木を降りて別れました。別れ際には、また明日と約束しました。